常務取締役大政 敏彦

Oomasa Toshihiko

ING 30周年

これまでも、これからも INSとともに

〜3代の社長との歩み〜

創業期(1988~1997)

大きな包容力と温かさを持った 武村勇太郎社長

社内旅行 私と武村勇太郎社長の出会いの場となった入社面談は5時間の長丁場となり、大きな包容力と温かさ、そして強い意志を兼ね備えた社長の姿に心惹かれました。
1987年日本情報システムに入社した私は、東芝オフィスコンピューターのシステム製造に取り組みました。翌1988年にINSが誕生、設立パーティーでは創業メンバー全員で来賓の方々へ伊予万歳を披露しました。先生の自宅(山奥)に通って練習して得たメンバーの一体感をその後の業務に活かすことができたように思います。私は県内企業向けにSEとしてNECオフィスコンピューターの業務システム設計・製造・保守に携わりました。お客様の要望をシステムに組み込んでいく仕事は冒険心をくすぐられ、とても楽しかったです。

[リーダーの頃]
1990年新たな事業への取り組みに私は手を挙げました。NECソリューションイノベータへ派遣されSEとしてNEC汎用コンピューターの業務システム設計・製造・保守に携わりました。お客様が東京ということで1996年までの約7年間、度々現地に向かいました。その間、1日あたりの労働時間は長く、月平均残業時間が3桁を超えた年もありました。会社は2年間で22人の採用をし、私はリーダーとして彼らの世話をすることになりましたが、経験が浅く苦労しました。業務の方は人材に恵まれたおかげで、日々やりがいを持って携わることができ成果も実感できました。
経験を重ねた30歳の頃、30億円規模のシステムの受注競争(NEC対IBM)に全国から20人のSE選抜が招集された時、四国2人の中に選ばれたことが今でも心の支えとなっています。

[課長の頃]
1997年派遣から請負に契約形態が変わりました。自社で汎用コンピューター業務を行いながら地場企業向けにSEとして関わり、また、インターネットの商用利用開始に合わせてマルチメディア研究やPHS販売も兼務することになりました。兼務が多く家庭で過ごす時間がほとんどありませんでした。また、毎週金曜日の夕方になると背後に忍び寄る影が現われ、その影の人(武村勇太郎社長)と居酒屋で閉店までの約6時間、話がループしながらも物事の本質(原理原則)を学ぶために激論を交わしていたことは懐かしくも有り難い思い出です。

成長期(1998~2009)

深い懐で見守ってくれた 松下晃社長

松下晃社長は事業推進から会社経営に至るまで深い懐を持って指導してくださり、私自身は思い切った事業遂行ができました。私の骨格はここで育まれたと思っています。
 1999年NECからの働きかけにより文教事業に参入することとなりました。当時はNECが営業を、INSが後方で導入・保守を行っていましたが、保守予算が自治体から認められないなど事業として取り組むには厳しい環境でした。その後NECより文教営業のノウハウを学び、自治体からも保守の取り組みが評価されるようになり、提案活動や保守予算の承認など日々の活動が成果に繋がっていきました。2003年以降、教員用、生徒用、パソコン教室用機器の入れ替えに携わることができ、事業1本目の柱へ成長するに至ったのです。

[部長の頃]
2000年公共システム事業部が創設されました。当時は新規事業企画&助成金獲得を行いながら文教事業を育てていました。やがて2009年松山市内の小中学校(武田峰紀先生、松山市小中学校情報教育研究委員会の先生方、松山市教育委員会)の大きな協力を得て、学校用グループウェアの開発・保守を文教メンバーで推進し『ミライム』の製品化を実現したのです。

発展期(2010~2017)

多様性を尊重、創造性を後押ししてくれた 武村貴史社長

[取締役の頃]
2010年からは武村貴史社長が掲げた「人と情報技術の架け橋となる」の使命を胸に、各部門の持つ多様性を尊重する経営姿勢のもとで創造性が存分に発揮できるよう支えて頂きながら歩むことができました。そしてミライムを事業2本目の柱とすべく取り組みに注力した結果、学校現場で生まれたミライムはスムーズに受け入れられ、愛媛県内から全国に拡大できたのです。

[ミライム代表取締役兼務の頃]
 2014年株式会社ミライム設立。ブランド戦略など全国展開を意識し、武村貴史社長に分社化への理解と決断を頂きINSグループ会社設立による事業の推進を実施。その結果、早期目標達成など様々なメリットが生じました。
武村社長と  他にも、県内全教員で組織される“愛媛県教育研究協議会”の機関誌「愛媛の情報教育」への企業初の特別寄稿『サポート会社の立場から見た学校の情報教育』の執筆・掲載(2008年)、教育座談会「情報化社会を生きる『教育分野に携わる企業から見たICT教育』」(2015年)への県内企業代表として参加するなど、日頃お世話になっている先生からのお声掛けにより貴重な経験をすることができました。 2016年、急性心筋梗塞を発症。2回の入院・治療を行いましたが後遺症もほとんど無く、メンバーの協力もあって業務に支障をきたすことなく現在に至っています。退院後に体調が不安定となりましたが、社長に多くのケアをして頂いたことで現在の状態に戻ることができています。
 2017年愛媛県内ミライム利用者シェア67%突破、国内外利用1,000校突破により販売開始時に掲げた目標を達成できました。2018年さらなる発展と世代交代策として松下真也社長が誕生します。培ったノウハウと若い力を存分に発揮して新しい時代の経営者にふさわしい活動をしてもらえたら嬉しいです。

世代交代期(2018~)

40周年につなげる「チャレンジ30」

[常務取締役(ミライム会長)就任]
 2018年からは武村社長が掲げた「チャレンジ30」に沿って、次世代メンバーが活躍できるよう、これまで学んだ様々な成功や失敗の経験を事業承継に活かしていきたいと思います。他社では経験できない取り組みがたくさんできたこと、特に人と環境に恵まれたことはこの上ない幸運でした。これからもお客様をはじめINSと関わる全ての人々と一緒に40周年に繋いでいきたいと思っていますのでどうぞよろしくお願いします。